神田瀧夢 ( 俳優 )
専門: 俳優
年齢:n/a

俳優、神田瀧夢(かんだ・ろむ)は熱い男だ。アメリカで成功して日米文化の掛け橋となり、後輩に道を作ることが自分の志だと真顔で言う。その志は命より重く、だからたとえ道半ばで命絶えたとしても、自分のエネルギーは残り次世代に伝わるはずだと言い切る。話す言葉に照れや迷いは微塵も感じられない。俳優を志して約20年。「主役をはれる器の人間だということが証明されつつある」と意気揚揚と語る彼の瞳は輝いている。冷めた目で彼を見る人もいるだろう。だがアメリカンドリームを追い求める人間に何より必要なのが、この「熱さ」なのだ。

神田瀧夢オフィシャルサイト www.romekanda.com

一生に一回、 こんな地獄で暮らしてみるのもいい

世界で名前が通る人間になりたい・・・

関西のド田舎で生まれ育った。「外人を見かけたら追い掛け回してサインを求めた」。世界を目指すようになったのは、19歳でのイギリス留学がきっかけだ。自分にとって外国は特別な場所だったのに、イギリスに来てみると外国であるはずの日本に誰も興味を示さない。誰も大阪を知らない。「世界で名前が通る人間になってやる」。若者は心に誓った。当時から興味のあったショービジネスの世界での成功を志し、それから16年間を修行に費やす。「アメリカで勝てる勝負をするためには、日本人として伝統芸能を身に付ける必要がある」。そう考えた神田は、空手や殺陣、狂言などを本格的に学んだ。芸名である神田は、講談の師匠からいただいた苗字だ。
  日本で、k1グランプリのリングアナやイベントのMCでお金を貯めて33歳の時にNYに売り込みにやってきた。観光ビザの有効期間中に弁護士と所属事務所を決め、永住権の取得まで話をつけた。いったん帰国してお金を貯め、再びNYに来たのが3年前。今は映画とテレビに集中してオーディションを重ねている。NYのショービジネスの世界は厳しい。初めて参加したハリウッド映画が昨年放映された。生まれて初めて飛行機のファーストクラスに乗り、ホテルのスイートに泊まった。撮影現場では自分一人に事務所としてトレーラー1台が与えられる。夢のような世界でアナウンサー役を30分演じたが、いざ放映されてみるとすべてカット。「神様はなかなかおいしい夢を見させてはくれない」と苦笑いする。
  それでも少しずつ前進している。インディペンデントフィーチャーフィルムで主役に抜擢されたのだ。事情があってホールドになってはいるが、「自分が主役をはれる人間であることは、映画プロデューサーの間で証明された」と自信をのぞかせる。
  同じ俳優を志した仲間のほとんどが今、日本で活躍している。「まだ売れていないのは俺だけ」と笑うが、日本に勝負の舞台を移す気は毛頭ない。「一生に一度、こんな地獄に暮らしてみるのもいい」とNYにこだわりつづける。それが彼の言う志なのだろう。

日本の若者のために俺が道を切り開く

いばらの道を切り開くのは自分のためでもあり、後に続く後輩のためでもある。これまでにも日本で多くの主役をはれる俳優を育ててきたが、今はNYで殺陣やアクティングなどを指導している。アメリカの舞台に夢を抱く若者を育てるためにも「まずは俺が先に出なくてはいけない」という強い使命感がある。自分が成功したならビルを買い、若い人たちに格安で住居を提供したい。スタジオを作って思い切り練習ができる環境を整えたい。ユダヤ人を救った日本人を取り上げた映画を作りたい。
  崇高な志を果たすため一心不乱に走りつづける彼を見たならば、誰もが「自分も負けてはいられない」と奮い立たされるに違いない。

神田瀧夢連絡先: rkrk66@aol.com


 

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