尾崎いづみ   (美容師)
専門:美容師
年齢:n/a
出身地:愛知県刈谷市出身
在米暦:15年

子供の頃からニューヨークにあこがれ、高校生の時に美容師になろうと決めた。現実は厳しかったけど、泣きながらでも夢にくらいついてきた。
そして今、マンハッタンに自分の店を持つ。
「強く願えば夢は必ずかなうと、
これまでの人生で確信した」。


60年生まれ。高校卒業後、名古屋で5年間、東京で5年間美容院で働く。89年渡米。ニューヨークにある美容院で働き、99年に「Izumi Salon」を開店。趣味は旅行。

「たとえ失敗しても、 やらないよりはまし」

人になったらニューヨークで暮らしたいと、小学生のころから夢見てきた。当時人気のあったテレビ番組や、大好きな映画はどれもニューヨークが舞台だったからだ。この憧れの地にいつか自分も行くんだと、ずっと思い続けてきた。

 美容師になろうと決意したのは高校1年生の夏休み。「そのころ人気のあった松本ちえ子のような髪型にして欲しいとお願いしたら、和田アキ子になってショックを受けた」のがきっかけだ。ヘアスタイルには人一倍興味があったが、自分を満足させてくれる美容室はどこにもない。「自分が美容師になったら絶対にウケるはず」と思った。ニューヨークと美容師。二つの夢をかなえるべく、尾崎さんは高校卒業と同時に走り出した。

 通信教育で資格をとり、地元の名古屋で美容師になった。キャリアを積んで上京、六本木の有名美容室などで名を挙げた。年収は上がり、やりがいもあったが、どうしても夢を捨てきれなかった。すでに27歳。「今行かなかったら一生後悔する。失敗して全てを失ったとしても、やらずに後悔するよりはまし」と考え、とりあえず勤務先の美容室を休職して観光ビザでニューヨークへ飛んだ。
  ニューヨークでは無給で働いた。観光ビザが切れる3カ月後に一旦帰国する時には、進むべき道は決まっていた。勤務先を正式に退職し、ビザを取得するとすぐにニューヨークへ戻った。マンハッタンにあるヒルトンホテル内の美容室で8年働き、1999年に独立する。家賃はどこも高く、一カ月の売上をすべてつぎ込まなければいけないほどの額。従業員などとても雇う余裕はない。それでも「やらないよりは、やって後悔する方がまし」。付き合っていたアメリカ人の恋人との結婚も、尾崎さんの背中を押すきっかけとなった。開業当初からこの彼がマネジャーを務めている。「いろいろな交渉ごとを自分ひとりで処理するのはとてもできなかったし、何より住む所を心配しないでいいことが助かった」と尾崎さんはいう。

「人として成長するのが楽しみ」

 子供の頃からの夢を手にした尾崎さん。でも現実はそんなに甘くない。オープンしてからこれまでの3年間に、すべてをやめてしまいたいと思ったことは1度や2度ではない。売上を伸ばして従業員を雇うようになると人の扱いに頭を痛めた。一昨年の同時多発テロ後は売上が3割も落ち込んだ。仕事ばかりの毎日の中で、夫婦の危機も何度となく訪れた。それでもあきらめないのは、自分の成長が実感できるから。「これからももっと人間的に大きくなれるのかと思うと楽しみ」という。
  今の従業員は日本人の他、スパニッシュやフレンチ・カナディアンなど8人。「いろいろな従業員を雇うことでお客さんの幅を広げ、様々な人や髪質に出会いたい」と目を輝かせる。小学生の時から追い求めている夢には、まだまだ続きがある。


 

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