南田 稔  ( サロン・ヴィジン オーナー )
専門: サロン・ヴィジン オーナー
年齢:n/a
出身地:大阪出身
在米暦:25年

サロン・ヴィジン 
10 Rockfeller Plaza Concourse Level, NYC
tel: 212-664-0664 

79年渡米。Vidal Sassoon Instituteのマーク・ピピーノ氏に師事。86年サロン・ヴィジンをマンハッタンに設立。91年アトランタにサロン・ヴィジンを出店。97年からLife NYCなどでヘアーショーをプロデュース。02年Friends Without A Borderによる、アンコール小児病院での活動に共感し、ボランティア活動をしている。

「ヘアアーティストは社会に貢献できる仕事」と言い切る美容業界のパイオニア。アトランタとニューヨークの店を毎週往復し、合間をぬってカンボジアへボランティアに出向く生活を何年も続けている。若手の育成に力を注ぎ、日本やイタリアへの出店にも意欲を燃やす。


夢を現実化するためにアメリカに来た

学生時代から自分の進路を真剣に考えていた。何か商売をしたいと思った。手に職をもち、リタイヤのない仕事に就きたいと望んだ。高校を卒業してコンピュータの専門学校に通ったが、自分の進むべき道ではないと感じた。熟慮の末、たどり着いたのが美容師の道だった。業界ではかなり遅いスタートだが、はっきりと目標が定まったらあとは全力疾走するだけだ。昼間は全日制の学校に通い、夜は美容師見習いとして店で働き、1年後に美容師免許を取得した。普通の人なら10年以上かかるところをわずか3年で店長に昇格。ここで人の使い方や数字の管理など、経営の基礎を学んだ。
  当時、ファッション業界では森英恵や三宅一生などがパリコレに参加して話題を集めたが、一般の人々にとって、海外は遠い存在だった。美容業界でも、ヘアショーを通じて海外のヘアスタイルを学ぶのがせいぜいだった。南田さんはヘアショーを見ながら、“どうやってこのヘアスタイルをクリエイトするのだろうか”と強い関心を抱くようになる。そして「技術だけなら日本でも学ぶことができるが、クリエイトは環境が大切。海外に住んでみないととても身につかない。夢を現実化するためには日本を出るしかない」と考え、1979年8月、25歳でアメリカに渡る。
  ニューヨークに着いた日の夜のことは今でも鮮明に覚えている。当時は今と違って飛行機代も高く、ビザの取得も容易ではない。大変な思いをしてやっとたどり着いたのだが、そのとたんに「えらいことしてしもうたと思った」と言う。だがこれまでの苦労が大きかっただけに、来てからの苦労は当たり前のように受け入れられた。アメリカにとって当時の日本のヘア技術は「安かろう悪かろう」。いじめに耐えながら働き、86年、ついにマンハッタンで店を出す。日本商工会議所からの要望で92年にはアトランタにも出店する。

たかが美容師、されど美容師

 美容師であり経営者であるという夢は実現した。だが南田さんは、次の目標に向かって走っている。「自分がここまで来られたのは、サポートしてくれた人たちのおかげ。だからこれからは自分が受け皿になって、アメリカ行きを希望する若い人たちの夢を応援したい」というのだ。アトランタは主に若い人たちの研修のためのサロン。「ニューヨークではどうしても遊んでしまうので、アトランタでみっちり修行させる」。指導のため1週間のうち3日をアトランタ、4日をニューヨークのサロンで過ごすというハードな生活を、もう4年も続けている。
  その一方で、カンボジアでのボランティア活動にも4年前から精力的に取り組んでいる。親友のカメラマンの活動に賛同し、現地でボランティア活動に従事する人たちのヘアカットを請け負っているのだ。僅か3日間の滞在で75人の髪を切ったこともある。「交通費も滞在費もすべて持ち出しだけれど、お金を貰ってやる仕事よりすがすがしく、させてもらっているという気持ちが強い」と言う。今年6月にカンボジアを訪れる時は、日本の若手美容師も連れて行く予定だ。「自分達は社会に貢献できる技術を持っているんだということを伝えたい」との思いからだ。「たかが美容師から、されど美容師への転換」と彼は言う。

多店舗化への挑戦

 ボランティアを通じ、ビジネスでもアメリカ以外の国にも関心を持つようになった。いつか日米欧の3ヵ所に直営で店を出したいと思っている。すでに日本では出店に向けて準備中だ。ゆくゆくは語学の堪能な美容師に店を任せ、自分は経営者としてフランチャイズチェーンにも挑戦したいと夢を広げる。まだまだ走りつづけるつもりだ。息切れしないのだろうか。もっと楽をし、もっと遊びたいとは思わないのだろうか。彼は答える。「自分はニューヨークに遊びにきたわけではないし、友達を作りにきたわけでもない。何のためにアメリカに来たのかを考えれば、やるべきことはおのずと見えてくる」と。「美容業界のパイオニアでありたいというロマンがあるから、私は人が寝ているときでも働く」。


アトランタとNYの往復でいつも忙しい南田さんの取材は、ロックフェラーでブレックファストをとりながら進められた。彼の言うことは一つ一つ納得がいく。「アメリカで苦労をするのはあたりまえ。なぜしんどいと文句をいうのか。何しにここへ来たのか。遊んで楽したかったら日本でいいだろう」。辛い時でも、ここにきた目的を見失うことなく努力すれば、道は開けてくるのだと励まされたような気がした。(G)

南田さんが発起人となり「アンコール小児病院基金の為のチャリティーイベントショー」(Friends Without A Borderプロジェクト/www.fwab.org/)を本年11月に東京で行なうようだ。ヘアショー、ジャズピアニストの小曽根真氏の演奏や「料理の鉄人」による食事を用意するようだ。イベントにご興味のある方は南田さんまで。 212-664-0664

 

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