Jimmy Onishi  (画家・タレント)
専門:画家・タレント
年齢:n/a

吉本芸人として一世を風靡しながら、一方で絵を描き、描いた絵が評価され始めたのが1992年ごろのことだった。描きだしてすぐ、岡本太郎さんに「キャンパスからはみだせ」というアドバイスを受けた。それが本格的に絵を描くことになった出発点であり、永遠の課題である。

キャンパスからはみだせ

 2000年に初めて渡米し、NYに3カ月間滞在した時からこの地で個展ができたらと夢みていた。活気があり色々な国の人々が集まっているNYが刺激的で大好き。彼の画風にも大きな影響を与えた。このときの滞在中に手掛けた作品「マンハッタン」では、初めて建物と乗り物の絵を描いた「岡本太郎さんの『はみだせ』という言葉の意味を初めはキャンバスに大きく描くことと受け止めていた。だが、だんだんとそうではなく、1つの絵から物語がどんどん生まれ、それを描きこんでいくことで『はみでて』いくものと理解するようになった」。そう気付かせてくれたのも、NYだった。

『お笑いのジミー大西』でなく一人の人間として

小さい時から絵は一切描いたことがなく、学校の成績はいつも1か2。それが思わぬきっかけで岡本太郎氏に評価を受け、日本でも鮮やかな色彩と斬新な画法が一気に注目を集めた。芸人をやめて画家業に専念してからわずか7年と半年。念願だったNYでの個展も実現し、とんとん拍子で絵描き道を進んでいっているかのように見える。しかし、彼の中で自分に対する絵の評価は非常に厳しい。「自分はこれまで運できていると思っている」。
  特にデッサンに関しては、「アイデアはたくさんあるが、自分の腕がそれについていけない」と力のなさをはっきり自認している。実は3年前にNYにきたとき、その目的は学校でデッサンを学ぶことだった。しかし英語力が入学規定に満たず断念した。「何十年かかってもNYでデッサンを習いたい」。むきだしの感情を結晶化する術を今も必死に探している。 日本では「ジミー大西」という名前の方が絵そのものよりも先に関心を集めてしまうという悩みもある。「お笑いも絵も客を楽しませるという点では共通しているが、お笑いは『陽』で絵を描くことは『陰』。陰の世界で黙々と絵を描いている自分と、陽の世界であるお笑いとでは感覚がずれすぎている。もはや戻りたい、戻りたくないという次元の問題ではない」。絵の世界にどっぶりのめりこんでいる彼の、絵とお笑いに対する姿勢の違いは明確だ。「日本では『元お笑いのジミー大西』という名で知られているが、世界の人が素で自分の絵をどうとらえてくれるのか知りたい」と真剣な眼差しで語る彼は、すでにお笑いのジミーちゃんではなく、一人のアーティストとしてのジミー大西だった。

タイトル

 今回のNY個展のテーマは「原始の目」。絵を描き始めた原点の作品から、それぞれの描かれた各ポイントにおける自分の原点に返れるような作品が29点選ばれている。このテーマが今回のNY個展で掲げられたのも、近代的で刺激的と感じるNYという街で、そして誰もが「ジミー大西」という名を知らない街で、ジミー大西という人間の原点をみつめなおしたいからということが大きな理由なのではないだろうか。 NY で住むとしたらタイムズスクウェアの近くに住みたいという。「タイムズスクウェアには色んな発想がつまっており、例えばカップのお湯が出ていたりと新しい発見がある。それを見て、オブジェが作りたくなったりする。」また、ブロードウェイを見ていて次に描く絵の発想が多く生まれるという。今回の訪問では「ヘアー・スプレイ」と「ナイン」を見たが、例えば「ナイン」では舞台セットで流れる水に独特なインスピレーションを受け、「自分の絵を水につけてみたい」と奇抜な発想を熱く語ってくれた。今回の滞在で生まれるであろう数々の発想を基に、次はどんな鮮やかな作品を私たちに見せてくれるのだろうか。 (Yuka Tsukagoshi)


 

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