北田裕貴  (Kohn Pedersen Fox Associates・建築家)

「結果的にクリエイティブな仕事ができるかが全て」

Kohn Pedersen Fox Associates
建築家

北田裕貴さん(32歳)

1991年明治大学工学部建築学科を卒業後、イリノイ州イリノイ工科大学大学院に留学。修士課程を終了後、「建築家としてアメリカで働くならばNY」と、シカゴでのオファーを断りNYへ移り、有名建築事務所Pei Cobb Freed & Partnersへ就職。現在は昨年8月に移籍したKohn Pedersen Fox Associatesで、シニアデザイナーとして活躍中。

「本物に触れられる可能性がある」

  業種によっては、アメリカで働くメリットの一つと言える。北田さんは「建築家としてアメリカで働くならばNY」という思いから、マンハッタンの名だたる建築事務所に、アポなしの飛び込みで自分を売り込み、ついにはNYで建築家としてのデビューを果 たした。

日本の建築教育に疑問を感じ、アメリカ留学を決意

小さい頃から何かを「作る」「クリエイトする」ことが好きだった北田さん。一番身近な空間である「家」に興味を持ち、大学の建築学科へ進学した。その後、アメリカへの留学を考え始めたのは大学3年の時。旅行でアメリカを訪れた際、日本の画一的な建築教育に疑問を感じ、アメリカの大学院進学を目指した。

作品が認められて修士課程へ

その時に問題となったのが英語。4年の夏にイギリスの語学学校に短期留学し、そのあと独学で勉強したが、TOEFLのスコアが伸びなかった。「TOEFLだけで判断されたら、とても大学に入れるようなスコアではなかったんです」

しかし、イリノイ工科大学に大学時代の卒業製作を含むポートフォリオを提出したところ、作品が認められ、英語力がアップするまで英語クラスを取るという条件付きで入学が認められた。英語クラスは修士課程の間取り続けたが、英語クラス以上に英語力アップに役立ったのが、実際のキャンパス内での生活だった。「設計のクラスで、お互いの作品を批評する時など、教授や他の生徒との会話の中で少しずつ英語が身に付いてきました」

学内での高い評価が、自信に

修士課程終了を目前にして担当教授から、ドイツの著名建築家ダニエル・リベルスキンドのオフィスの推薦を受ける。北田さんは自分では考えもしないことだったが、あれよという間に最終候補まで残った。残念ながら事務所側が新規採用を見送ったため、採用まではこぎつけなかったが、北田さんは自分で考える以上に自分は周囲から認められているという自信を得た。そこで、シカゴでのオファーを断り、NYにある建築事務所を10社ほど選び出し、ポートフォリオを抱えてそれらの事務所の門を叩いた。

不景気の真っただ中、積極的な就職活動で仕事をゲット

「その当時、アメリカの景気は悪く、ほとんどの事務所は『今、求人はしていない』と話も聞いてくれませんでしたよ。でも、7社目でようやくじっくりと作品を見てくれて、『とりあえず試しに模型作りをやってみろ』ということになったんです。それが1週間経ち、1カ月経って本格的に働き始めました」

その最初の会社が、ルーブルのピラミッドのデザインで有名なPei Cobb Freed & Partners。Hビザについても、試用期間を経て実力を証明していただけに、問題なくスポンサーになってもらえた。

就職活動で大切なことは自信と積極性。「基本的に日本のようにマニュアルみたいなものはないので、自信を持って、自分が今までやってきたこと、またこれからやりたいことを意欲的に相手に伝えることが大切だと思います」

自分を活かせる職場へ

順風満帆に見えたが、北田さんは6年目に事務所を移籍する。「有名な事務所の弊害と言うか、若い人になかなかチャンスを与えてくれない部分があったんです」  現在の事務所に移籍したのは昨年の8月。事務所内は若く活気にあふれており、北田さんはそこでシニアデザイナーとして、主にMOMA(NY近代美術館)の大規模拡張計画プロジェクトなどを担当している。

「アメリカの職場は、個人の尊重が基本概念として定着していますから、仕事に没頭するのも、または自分の感性を磨くために定時以降の時間を自由に使うのも、基本的に自分次第です。日本と違うのは、『自分はこう考える』というような意思表示をすることが、周りとの信頼関係を作る上で大切だということです」

 

 

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