ドクター中松

世界の発明家
ドクター・中松 アメドリ独占インタビュー

ドクター中松氏は、35年間に渡る栄養学に対する研究の功績を認められ、このほどハーバード大学でイグノーベル賞の栄養賞を受賞した。その研究内容を具体的に説明すると、自分の食事を毎日写真に撮り続け、その中から長寿と能力向上に効く55の要素を見つけ出した。また研究の結果、1日の食事回数は3回よりも1回の方が良いと結論付けた。イグノーベル賞の授賞式後、ニューヨークに立ち寄ったドクター・中松氏に本紙が独占インタビュー を試みた。

最初の発明は5才

中松氏は、5才のときにボーイング社でも使われている自動重心安定装置を発明し、発明家としてのスタートを切った。14才の時には、今でも有名な「醤油ちゅるちゅる」を発明した。母親が北側の台所で かじかんだ手で重い醤油の一升瓶を卓上醤油差しに移している姿を見て、親孝行しようとの思いから生まれた愛の一品といえる。

東京大学2年生のときにはフロッピーディスク、カラオケなどを世に送り出している。
フロッピーディスク発明の経緯を聞くと、「当時はSPと言う、溝に針を落とす方式の記録媒体が一般的だったが、雑音が多かったり割れやすいなどの問題があったこれらを解決していったら結果としてフロッピーディスクが出来上がった」という。
ちなみに最初に録音したのはベートー ベンの「第5」。ベートーベンの「第5」を聞いているときにフロッピーが出来上がったので、記念に録音したのだとか。そんなこんなで77才の現在まで3000件以上の発明をしている。

華麗なる一族

中松氏は、最も尊敬する人として母親の名を挙げる。昭和初期にも関わらず、中松氏は3才頃から熱心な教育を受け、発明の礎を築いた。「発明の意欲はDNAに組み込まれています」と笑う。中松一族のDNAを見るとそれが納得できる。東京女子高等師範学校を首席で卒業した母は、教育と勉強に情熱を傾けた。シカゴ大学の医学部を卒業した母の弟は、ジョークの利いたマンガを書いていた。アメリカで医学を勉強し、病院を建て、車を組み立てた発明の才がある祖父がドクターを親身に教育した。これだけ身内に多才なDNAの影響をうけている中松氏が、ユーモアに溢れた発明をするのも頷ける。

たった一度の失敗

中松氏は、「これまで発明に失敗したということはない」と断言する。理由は「失敗だなと思っても途中で絶対に諦めないから」。この執念が今回のイグノーベル賞につながったといえそうだ。そんな中松氏も、これまでに一つだけ失敗があった。それは子供。「男女産み分けは成功したけど、長男を1月1日に産もうとしたときに家内が階段でつまずき、へその緒が首に引っかかって1月1日に産まれませんでした。しょうがないから1続きの1月11日に帝王切開で産ませました」これを失敗と言うのだから、発明する意欲がDNAに組み込まれているというのは本当だろう。

色々な発明

醤油ちゅるちゅる、フロッピーディスクの他にドクター中松の発明で忘れられないのが、フライング・シューズ。よくテレビで見ていた靴底にバネがついたあれだ。これを発明したのは57歳の時。きっかけは、「ガソリンはこれからも急騰して減少していくので、ガソリンを使わない人間の移動手段が必要」と考えたこと。もちろん健康という視点も忘れていない。ジョギングは体重の約2倍の負荷が体にかかるので体に良くない。そこで靴底にバネをつけることによってその力を分散させることを考えた。おまけに吸収されたバネが前に体を進め、歩幅が通常の3倍になるので歩くスピードが3倍になり、自転車より早くなる。渋滞の多いニューヨークには便利そうだ。実際、5万セット(1セット1万9800円)が売れたという。

世界の発明家

中松氏は、アルキメデス、キュリー夫人、ファラデー、テスラと世界の偉人に肩を並べる世界の五大発明家に選ばれたことがある。ニューズウィーク誌では日本人で唯一の世界12傑に選ばれ、中松氏の価値はなんと1時間1万ドルと算出された。数多くの“世界〜”の肩書きがつく中松氏だが、その中でも珍しいのが世界天才会議議長だろう。嘘みたいな会議だが本当に存在する。毎年11月に世界中の天才を集めて展示会とディスカッションをすると言うもので、今年は東京駅で開催される。360万人の集客を見込んでいる。日本中の人が往来する東京駅で行われるのだから多くの人の目に触れるのは当然のこと。それをちゃっかり動員数として取り込むのが中松氏らしい。
そこでの発明品のレベルについて聞くと「う〜ん、難しいですね〜(笑)ノーベル賞でもそうらしいんだけど、なかなか良い研究がなくて困っているらしいよ」と苦笑する。レベルはたいしたことないらしい。

人生の7割を海外で過ごし、世界各国の大学などで講演する中松氏。最後に同氏、現在海外に出ている日本人へメッセージをお願いした。「留学生達に調子を尋ねると、韓国人やアメリカ人に負けています、と言うんだよ。自分に自信を持って胸を張って欲しいね。日本の価値をもう一度考えて欲しい。アインシュタインは『世界で一番良い国は日本』と言っている。ちゃんと勉強して、自分達の生まれた国がどれだけ素晴らしいのかまず認識して欲しい」

5才で最初の発明をしてから77才の今も現役を続けている中松氏は、「僕の場合、年をとればとるほど発明が出てきます」と言う。年齢を重ねても 発明する意欲を失わないことが、ドクター中松が世界の発明家と言われる何よりの理由だろう。

イグノーベル賞:人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」に対して与えられる賞。ノーベル賞のパロディ的な賞で、1991年に創設。 イグノーベルの名は、「卑劣な、あさましい」を意味する"ignoble"と掛けている。

(2005年11月)


 

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